2年くらい前、近所にちょっと旨そうな構えの蕎麦屋が開店した。
蕎麦好き、ラーメン好きの私としては、これは、非常に気になる存在であり、店の前を通るたびに、いつかはチェックしようと心に決めていた。

結局、開店時の混雑も落ち着いたころを見計らって、暖簾をくぐってみた。
中に入ると、店内はこじんまりとした中にも清潔感があり、かつ上品にまとめられていて、いかにもいい仕事をしそうな蕎麦職人の店といった感じで気に入った。

私の場合、初めて入る蕎麦屋やラーメン屋の場合、できるだけシンプルなメニューをためすことにしている。
蕎麦屋なら「もりそば」、ラーメン屋なら「ラーメン」という風で、この日も迷うことなく「もりそば」を注文した。

蕎麦を待つ間、店内を見渡すと「当店では、季節に応じて蕎麦の実を厳選し・・・」という貼紙が目に入った。
(なかなか、こだわりがありそうな蕎麦屋だな)
これから出てくるであろう蕎麦に期待が高まる。
この間、カウンターの向こうでは、店主と思しきオヤジさんが黙々と仕事をしている。

10分ほどで、そのオヤジさんが大切そうに「もりそば」を運んできてくれた。
「最初は、つゆにつけずに蕎麦だけを味わってみてください」とオヤジさん。
言われるがままに蕎麦だけを食べてみれば、濃厚な蕎麦の香りと、ほのかな甘みが感じられる。
もちろん、蕎麦自体のこしもしっかりとしたもの。
傍らではオヤジさんが「どーだ!」と言わんばかりの顔でこちらを見ている。
「旨いです。香りと甘みがあって最高っすね」と私。
「そうでしょう。今日の蕎麦は○○産の蕎麦を使っているんですよ。蕎麦っていうのはね、季節によって産地を選ばないとダメなんですよ。それに、蕎麦を打つ日の気温や湿度によっても粉の量や水の量を加減しないとダメ。ウチではねぇ、・・・・・」
とオヤジさんの説明は続く。
(ほう、蕎麦とはそういうものなのか。奥が深い食べ物だなぁ)
と私はオヤジさんの説明に感心した。

一通り説明が終わるとオヤジさんは、カウンターの向こうに戻り、再び仕事を始めた。
今度は、つゆをつけて蕎麦を味わう。
(これは、なかなかイケル)
2杯、3杯と箸は進む。すると、
「お客さん、そんなにつゆをつけちゃいけませんよ。つゆはちょっとつけて食べてください」
とオヤジさんがカウンター越しに声をかけてきた。
(えー?オレはつゆをたくさんつけて食べたいんだけどなぁ・・・)
と思いつつ、何やらオヤジさんに監視されているようで、私はやむなく言うとおりにした。

「ウチのつゆはねぇ、醤油は△△産のいいものを使っているんですよ。鰹節も××産の極上ものなんです。・・・・・・もちろん、化学調味料なんて使ってませんしね」
とオヤジさんの講釈は続く。
その間、私はオヤジさんの機嫌を損ねないように蕎麦を食べつづけねばならなかった。
「だから、つゆはちょっとだけつければいい」
とオヤジさんは講釈の最後を結んだ。
結局、オヤジさんの講釈料も含めて800円を支払い、私は複雑な思いで店を出た。

蕎麦はたしかに旨かった。
オヤジさんがいい仕事をしていることも間違いない。
一口食べれば、誰でも旨いと思うであろう蕎麦である。
素材の良さにしても、オヤジさんが余計な講釈などせずとも、店内の貼紙1枚で全てを物語っているはずだ。
まして、食べ方に注文をつける必要もないはずである。
味の好みは、それこそ千差万別、人それぞれだ。
つゆを少しだけつけるのが好みの人もいれば、たっぷりつけたい人もいる。
割り箸の袋に、
「当店のつゆは味が濃いので、まずは少しだけつけて蕎麦本来の味を味わってください」
とさりげなく書いてあれば、それで済むように思えるのだが。

結局、
――もったいない――
それが、この店の感想であった。

理由は定かではないが、1年後、その店は閉店した。
以上、ある蕎麦屋のはなしである。