我々は、無意識の内に自由を切り売りして生きている。

例えば、会社員であれば朝9時から夕方6時までの個人の自由を会社に提供することでサラリーを得ている。既婚者であれば倫理観や責任感から恋愛や趣味の自由を自己規制している。GT-Rにかける費用が独身時代とは比べ物にならないほど低くなるのはこのためだ。ただ、この結婚による自己規制は今回の主題からは外れるので別の機会に考えてみたい。
いずれにしても、私たちは様々な場面で自分の自由を切り売りすることで、現代社会の中で生きているのである。





今年の2月、雑誌の撮影で日産自動車の座間記念庫を訪れた。ご存知のように、座間記念庫には歴代の日産車が大量に保管されている。生産車はもちろんのこと、各種モータースポーツで使用された輝かしい経歴のマシンも保管されている。残念ながら一般公開はされていないが、記念庫の車両は様々なイベントにおける展示貸し出しや、雑誌の取材などに活用されているから個別に見ることは可能だ。

この座間記念庫では、おおまかに年代順に車両が保管されている。この中で本業とは別に非常に興味をそそられたのが、1930年代に造られたクルマの列。なぜかというと、この時代に造られたクルマには、造り手たちの自由な意思、そして躍動感溢れる輝きを放っているように感じたからだ。

1930年代と言えば、戦前の昭和初期。明るい時代とは言いがたいが、日本の自動車産業はスタートしたばかり。クルマの造り手たちにも、これから日本の基幹産業に育てていくのだという未来への希望と気迫があったのかもしれない。

しかしながら、技術的あるいは素材的な面からは、クルマ造りの自由度は現代のように高くはなかった。例えば、造り手が望むような車両性能を実現することは難しかったはずだし、ボディデザインにしても生産技術の面から思うようなカタチを造ることは困難であった。ボディカラーも同様に当時はメタリックやパールといった塗装技術もなく、選択の幅は狭かったことは間違いない。そういう意味においては、造り手の自由度は現代のクルマ造りよりも、はるかに少なかったのである。それにも関わらず、1930年代のクルマたちに造り手のはつらつとした自由な意思を感じるのは何故だろうか。

現代のクルマ造りは、造り手たちの自由が様々な条件で規制されていると言える。
高度に発達したクルマ社会の代償として、クルマに関する法律が整備された。安全性や環境面への配慮から様々な基準が設定されているのである。このため、かつてのように1トンをきるようなリーズナブルな軽量スポーティーカーは造りにくくなっているのが実情だ。デザイン的にも、対人衝突時の安全性確保の面から自由度は減っている。もちろん、環境への配慮からいたずらにエンジン出力を向上させることも難しくなってきた。
一方で、各自動車メーカーは独自に規制を設けている。法律だけでは補えない部分や品質面などを社内基準として規定しているのだ。安全かつ安心できる製品を社会に送り出す企業としては当然の使命だろう。こうした規制は、今に生きる者の責任であり、守らなければならない道なのである。

もうひとつ、現代のクルマの造り手たちを縛っている規制がある。
それは、マーケティングという言葉に代表されるものだ。
モノを造るあるいは売る企業にお勤めの方なら、次の言葉は企画会議の席で一度は聞いたことがあるはずだ。
「その新製品は、本当に売れるのか?」
そこで登場するのが、マーケティングリサーチ結果。新製品がターゲットとする人々の特徴や、どのような製品を望んでいるか等を調査したデータだ。そこで、このデータをもとに商品を企画し「だから大丈夫です」となる。決裁者も納得の上で新製品開発にゴー・サインが出るわけだ。

こうしたマーケティングリサーチは、専門の業者に依頼している場合が多い。新車の発表会の席上でもリサーチ結果が使われることはしばしばあり、その場で聞いていると確かに「なるほど」と思わせるものがある。しかし、それでも空振りする新車が多いのは何故だろうか。たぶん、それはリサーチ結果に基づいた商品企画そのものが、実際に売れるべき商品と乖離しているからに違いない。

確かに売れる商品を造ることは難しい。なかなかヒットにつながらないことも判る。しかし、一方で過去には場外ホームラン級の当たりとなったクルマも存在する。マツダが世に問うた初代ユーノス・ロードスターは、まさに場外ホームラン。しかし、このクルマがデビューした当時、誰もがオープン2シーターのマーケットは既に世界的に終わったと信じていたはず。それゆえ、自動車業界から何を今さらという目で見られていたし、おそらく今と同じようなマーケティングリサーチを行っていたら、否定的なデータしか得られなかったであろう。それでもマツダはロードスターを世に出したのである。ロードスターの造り手たちは、独自のアンテナでこのクルマが売れることを確信し、夢の実現に向けて情熱を持って会社を説得したに違いないのだ。

先日、90年代初頭に人気を博した2台のスポーティーカーの開発責任者お二方とお話をする機会を得た。その際の「大切なのは、マーケットの声を徹底的に自分たちで聞くこと。そしてマーケットに迎合するのではなく、自分たちがどんなクルマを提案するかということではないでしょうか」という言葉が印象的だった。

クルマが売れない理由としてよく挙げられるのが、「最近おもしろいクルマがない」とか「クルマに個性がなくなった」というものがある。その背景には、ひとつにはマーケティングリサーチがあるのではないかと思っている。同じようなリサーチ結果をもとに商品を企画した結果、同じような性能、同じようなデザイン、同じようなコンセプトのクルマばかりになってしまったのではないだろうか。

重要なのは、やはり造り手自身がマーケットの空気を吸い、風の流れを肌で感じ、匂いをかぎ分けることなのだと思う。その上で、良い意味で消費者の期待を裏切ること。これこそ、造り手の自由の聖域であり、モノ造りの醍醐味なのではないだろうか。

多少、乱暴な言い方をすれば、余計な銭をかけて空振りするくらいなら、銭をかけずに空振りした方がまだマシではないか。そろそろ各メーカーの造り手もマーケティングという呪縛から開放され、自由でダイナミックな、そして色彩豊かなクルマ造りに回帰したほうが良いように思えるのだが。