今年の東京モーターショーは、2年前と違って実に寂しいイベントとなってしまった。外国勢は事実上、全社撤退といっていいような状況。国産勢も環境に配慮した展示が目立ち、エモーショナルな雰囲気は薄かった。エゴなクルマが大好きなマニアとしては、華やかなショーだからこそ、「スンゲェー!」というクルマが見たいものなのだが。

2年前のモーターショーの主役は、まぎれもなく日産GT-Rだった。国内外のプレスが多数押し寄せ、日産ブースはカメラマンの罵声が飛び交うほどの熱気に包まれていた。それが今となっては信じられないほど。わずか2年。歳月という言葉を使うにはあまりに短い月日である。

そんな世情のなか、今回の主役を張ったのはトヨタだった。鳴り物入りで登場したレクサスLFA。そしてハチロクの再来と期待されるFT-86。LFAは高額でもあり、ある意味、夢のクルマだが現実感は乏しい。一方のFT-86は、近い将来に手の届く範囲で売られるというだけに、現実感のあるクルマとして受け入れやすい存在だった。現在も様々な自動車雑誌で取り上げられているだけにFT-86の注目度は高いと言えるだろう。

ただ、FT-86に関する報道にはいささか気になるものが多い。現実を直視した上で読者の期待感を盛り上げるならば大いに結構なことなのだが、実際には書き手の過度な期待感、あるいは「こーあって欲しい」という希望的観測に基づいた無い物ねだり的な報道が多いのが事実だ。これはFT-86に限ったことではなくて、R35 GT-R登場前もそうだった。さらにはスペックVのデビュー前には、「600馬力」であるとか「200キロの軽量化」などと報道されたことは記憶に新しい。しかし、実際のスペックVは基準車と同じ出力で70キロの軽量化にとどまっている。これが現実なのである。

“FT-86“というコードネームを与えたトヨタ側にも問題があると思わざるを得ない。なぜならハチロクという響きの中には当然AE86が存在する。このため”FT-86“は”現代版AE86“として人々の頭にインプットされる。すなわち、小型FRスポーツであり、ライトウェイトFRスポーツを連想してしまうのである。

新たに登場させるエモーショナルなFRスポーツも、あの“ハチロク”にあやかりたいという想いはトヨタにもあったのだろう。それ故、“FT-86”というコードネームを与えたのだと思われる。だが、過剰な期待感には当のトヨタの開発陣も戸惑っているに違いない。最近の雑誌に開発チーフの多田氏が登場し口を開いているが、過剰な期待感を静める役割を担っているようにも見える。トヨタにも、あのアルテッツァのトラウマがあるはず。過剰な期待感と現実を見せられた時の失望感。それを恐れているのではないか。

現在、予想されているFT-86のスペックは、2.0ℓエンジンで出力は200ps。車重は1200kgが主流だ。ちなみに、スペック的に最も近いところにいるS15型シルビアのオーテックバージョンと元祖ハチロクのスペックも以下に併記した。こうして比較すると、S15と似ていることがわかる。

※AE86の馬力は130ps(グロス)をネット値に修正
部品名 全長×全幅×全高 ホイールベース 車重 馬力
AE86 4160×1625×1335 2400 925 110.5
FT-86 4160×1760×1260 2570 1200 200
S15オーテック 4445×1695×1285 2525 1200 200

FT-86は現代に登場するスポーツを謳ったクルマだから、当然リッター当り100psは絞り出してくるだろう。そうなると200psという線はまずかたいところだ。運動性能に影響するホイールベースが意外と長く、S15よりも45mm長いのが目立つ。これは、最新のフェアレディZ34の2550mmよりもさらに長い。雑誌における多田氏のインタビューでも「お飾りみたいなリヤシートではない」と語っていることから、後席の足元スペースの確保を狙った結果と見るべきだろう。S15のリヤシートには足元スペースはなかった。

問題は動力性能に大きく影響する車重だ。

S15は2.0ℓエンジンにアイシン製6速マニュアルを搭載したスチールボディの2ドアクーペ。FT-86も同じアイシン製6速を搭載する同様の2ドアクーペだから車重も同じくらいというのが1200kgの予想の根拠だろう。しかし、1999年にデビューしたS15と、現在では安全に関する基準が大きく異なっている。衝突安全に対する基準は厳しくなりボディそのものの強度も当時よりも強くしなければならない。対人衝突のためにポップアップボンネット機構をつけなければならなかったり、そのほかにもVDCやABS、エアバッグなど様々な安全装置を取り付けなければならないのが現代のクルマ造り。

フェアレディZの開発責任者であった湯川伸二郎氏は、2008年のZ34型フェアレディZの発表当時に次のように語っている。
―― 2002年にデビューしたZ33の時に較べて、Z34は様々な安全装置をつけなければならなかった。単純にクルマを造れば100㎏以上の重量増は覚悟しなければならない。電子デバイス系の安全装置だけでも最低70㎏以上は重くなるのだから ――
これをZ34ではアルミや樹脂など複合素材を使い、さらにホイールベースを100mm短縮することで実質108㎏分の軽量化を実施、Z33の30kg増に抑えているのである。

このZの事例をS15に適用すると、安全面の電子デバイスの搭載分だけで1200㎏の重量は1300㎏近くになるわけだ。さらに、1999年当時に比べボディ本体の衝突対策でも重量増が確実なことから、単純に現在の基準に適合させたS15を造ると、1300㎏台中盤の車重になることは確実であろう。

このことからFT-86の車重を推測すると、ホイールベースが45mmほど長くなることを考慮すると1350㎏~1400kgの間になると見るのが妥当だろう。ただ、楽観的な視点に立てば軽いクルマを造ることで定評のあるスバルであることや、トヨタが新たなローコストな軽量化技術を持っていれば1300㎏前半の車重も可能かもしれない。いずれにせよ、1200㎏台に収めることは、かなり難しいのではないだろうか。仮に実現したとすれば、それこそ賞賛に値することだろう。

“ハチロク”という響きの中に、我々はライトウェイトスポーツをイメージする。それは1t近辺の車重にそこそこのパワー。できればAE86のような俊敏なFRスポーツであって欲しいと期待する。だが現実は厳しく、スチールボディの量産車ともなれば、所詮それは叶わぬ夢であり我々の妄想に過ぎない。

現実のFT-86は、1350kg~1400kgの車重に200psのノンターボ2リッターエンジンを搭載したFRスポーツとなる可能性が高い。したがって、AE86の後継車種というよりもトヨタ版ノンターボシルビアとして捉えた方が近いであろう。パワーウェイトレシオを見れば辛く見積もっても7.0。AE86は、8.0近辺であったことからすれば、動力性能的にはそれでもハチロクを上回っているのである。さらに重量配分の優位性を考慮すれば、かなり味のあるクルマとなってくることは容易に想像がつく。

S15のデビュー前、当時の開発主幹だった大竹良治氏は全国の有名チューナーを厚木の日産テクニカルセンターに招待し、「このクルマをどんどんチューニングして、シルビアの世界を広げて欲しい」と発表直前のS15を前に挨拶した。

FT-86の多田氏も、最近のベストカー誌インタビューの中で「ユーザーとチューナーが育ててくれるようなクルマをもう一度造りたいという意味でFT-86と名づけた」と語っている。さらに「できるだけ早く、チューナーの皆さんにスペックを公開したい」と大竹氏と同じようなこともやろうとしている。

結局、工場から出てきたクルマが多少重かろうが、パワーが足りなかろうが、ユーザーの手に渡ってから軽量化をするなり、馬力を上げるなりすればよいだけのこと。要は素材という認識で、エンジンなどの基本がパワーアップに耐えられるようになっていることが重要なのである。

このご時勢、FT-86のようなクルマが出てくること自体が歓迎すべきことであろう。

それまでは、期待せずに待つ!

こういう姿勢が大切だと思うのだ。