BNR32の最終進化版であるVスペックⅡ。BBSのホイールに17インチタイヤを装着しているとはいえ、基本のフォルムは1989年のデビュー時より、まったく変化していない。それは、どのBNR32もかつてサーキットで無敵を誇ったグループAマシンと同一という意味でもある。アフターマーケットでBNR32は、走りの機能部品は売れても、ドレスアップ系、ことにスポイラー類に関してはビジネスとして必ずしも成功とはいえなかったということでも、このクルマの本質が見えてくる。
6年の長きに渡って生産されたR32GT-R。
そのバリエーションはレースに勝つために増え、進化していった。
しかし、一貫してボディデザインに手を加えなかったのは、
それまでのスポーツモデルと大きく違うところ。
非常に高額なクルマであったが、
メーカーが考えた以上に生産台数を伸ばし、
好評のうちに歴史を閉じた。


Photo: ARGOS / Motor Magazine / NISSAN
Text: Katsuhide Sugino
Special Thanks: GTROC / R's Owners Paddock
By courtesy of GT-R BROS, Motor Magazine, 1999.




N1耐久レースの現場とユーザーの声によりブレーキや駆動系がどんどん進化していった
 1989年5月22日のR32型スカイラインのフルモデルチェンジ発表とともに、BNR32GT-Rはデビューした。実際の発売は、同じ4WDシステム「アテーサE-TS」を搭載する2リッター版、GTS-4とともに8月21日からだった。
 当初、GT-Rはのちに"標準車"と呼ばれる1機種のみの設定。当然、AT仕様など用意されていないので、購入時にオプション以外で迷うことはなかった。
 この前期型の最大の特徴は、安全基準変更前で、まだドア内部にサイドインパクトビームを装着していなかったので、車重が1430kgと軽量だったことだ。また、当時GT-R専用色だったガンメタリックの人気が非常に高かったことも記憶に残っている。
 前期型のRB26DETT型エンジンは、シリンダーブロックの厚さが均一なものが多く、ドラッグレース用にチューニングするために前期型のブロックを探しているチューナーも多いという。が、クランクシャフト先端やオイルポンプにトラブルが出やすいという、前期型のエンジン特有のトラブルも抱えていた。
 1990年2月22日には、グループAレース対策のエボリューションモデル「GT-R NISMO」が発表される。3月17日~18日に開催される1990年全日本ツーリングカー選手権第1戦に合わせて、3月11日から販売が開始されたが、予約が殺到して瞬く間に完売。抽選によって販売したディーラーも多かったという。


BNR32GT-Rの心臓"RB26DETT"エンジン
 GT-R NISMOは、グループAレースを戦うためにレギュレーション上、変更できないパーツを中心に装備が変更された。レーシングカー開発は、市販車と同時進行で行われていた。
 空力部品の変更、レースに不要なエアコン、オーディオ、ABS、リアワイパーの省略などが行われたが、最大の特徴はタービンの変更だった。
 グループAレースでは、ブースト圧をノーマルの0.7kg/c㎡から1.6 kg/c㎡程度まで上げてパワーを絞りだす。その場合、ノーマルのセラミックタービンでは破損の恐れがあり、異物を吸い込んでも瞬時に壊れない材質が求められたのだ。そのため、GT-R NISMOではタービンの材質をメタル(鉄系ニッケル合金=インコネル材)を使用。合わせて、高出力が期待できる設定に変更。
 具体的には、排気タービンの基本仕様はセラミックと同じT25のままだが、トリム径とA/Rを高速型にしている。吸気側のコンプレッサーは、セラミックのT03からT04Bへと1サイズ大きくされている。さらにトリム径も61.7まで拡大された。また、エキゾーストマニホールドも容量が大きくなったターボに合わせ、専用のもの(14004-06U00)が使われた。


質感の改良はあったものの、ほとんど変更のなかったインストルメントパネル
 この数値設定の選択は、ナンバー付き実用車「GT-R NISMO」と、グループAの目標馬力であった600psを達成するための仕様をいかに両立させるかという点で苦労したらしい。しかし、ノーマル・ブースト圧のGT-R NISMOと標準車のセラミックタービンとを比較すると、市街走行時の速さ、レスポンスは劣っていたといわざるを得ない。
 こうして設定されたNISMOのメタルタービンだが、実際にレースに使われていたものと、市販車に取り付けられていたものとは、さらに別物だったことはあまり知られていない。レースではさらなる性能向上を求めて、レギュレーションで許された公認寸法の公差ギリギリの大きさの63トリムというコンプレッサー仕様のターボを使っていたのだ。また、このターボはスラストメタルに360度タイプを使用している。


Vスペックは17インチのBBSホイールを履く。タイヤもすべてGT-R専用設計だった。
 レース用ベース車両としては、1991年7月にN1ベース仕様が登場している。このクルマは当初、セラミックターボ使用だったが、1992年2月以降からはNISMOと同じメタルターボに変更されている。
 1991年8月20日に初のマイナーチェンジを受ける。サイドインパクトビームを組み込み、車重は50kg増加した。後に中古車市場で、最大の人気色になるホワイトが追加されたのもこの時だ。また、暗いと不評だったプロジェクターヘッドランプを改良している。
 1993年2月3日には、2度目のマイナーチェンジを受ける。この時の最大の改良点は、クラッチの作動方式がプッシュ式からプル式に変更されたことだ。プル式採用でクラッチの切れが良くなり、踏力も軽減された。ミッションもシンクロが改良されて、信頼性が向上した。


Vスペックのブレンボ。国産車メーカーが海外の部品メーカーとブレーキを共同開発するなどかつてなかったことだ。ただ、純正部品でありながら、1枚10万円近くするブレーキローターは、走りを楽しむオーナーには大きな経済負担としてのしかかる。
 また、17インチタイヤとブレンボの大型ブレーキを盛ったパックオプション、Vスペックも登場。同時にN1ベース仕様車も同じVスペックがベースとなる。
 このVスペックは、パックオプションながら標準車といろいろな点で異なる。まず、アテーサE-TSの制御ロジックがより曲がりやすい方向に変更されているのだ。加えて、フロントサスペンションも17インチタイヤに合わせて、再チューニングされている。
 1994年2月14日には、245/45R17タイヤを履いたVスペックⅡが追加される。Vスペックとの違いはタイヤサイズだけで、併売されていた。そして11月7日には、最後の生産車がオフラインし4万3934台の生産を終える。