「NISSAN GT-R Club Track editionのインプレッションと解説」(塚原 久)最終回は、いよいよその乗り味について。当日は朝から雨が降ったり止んだり。コースはセミウェット状態で、水野和敏CVE&CPSは「多少のウェットコンディションなら、このスリックタイヤでも大丈夫なんだよ」と語っていた。ところが、試乗時間にはコースが完全なウェットコンディションとなってしまい、急遽レイン用の純正ランフラットタイヤ(ダンロップ製)に交換。あいにくの条件での試乗となってしまった。

試乗車は、テストに使っていた2010年モデル(MY10)をベースにしたシルバーのGT-R。撮影用には、ホワイトの正規仕様のクラブトラックエディションが使われた。

Text: Hisashi Tsukahara
Photo: Yoshio Moriyakma




■今はまだ発展途上










 さて読者の皆さんによって興味深いのはGT-Rクラブトラックエディションの走りっぷりがどうかという点だろうが、それについては留保すべき点がある。というのも仙台ハイランドレースウェイで許された3ラップ×2回の試乗時間はいずれもウェットコンディションであり、スリックタイヤでの特性を知ることはできなかったからだ。これまでのセッティング作業は主にドライ路面とスリックタイヤの組み合わせで行なわれていたに違いなく、ウェットタイヤで本格的に走るのはほとんど初めてに違いない。その意味で、これからリポートする内容は今後のセッティング変更によって大幅に変化する可能性があることを明記しておきたい。

 テストドライバーの手によって1ラップ、つまりタイヤ表面の皮を剥いただけの状態で手渡されたGT-Rクラブトラックエディションに乗り込む。乗降性を確保するために装備された跳ね上げ式ステアリングホイール、タイトなバケットシート、カーペット類をはぎ取られた内装が醸し出す雰囲気は完全なレースカーのそれで、スーパー耐久やフォーミュラカーに乗り慣れた筆者でも自然と背筋がピンと伸びる。エンジンの始動やシフトレバーの操作、あるいは現行GT-Rの特長ともいえる4WDとVDCのモード切り替えスイッチなどはロードカーと基本的に共通だが、唯一異なるのはダンパーの切り替えスイッチが生きていないこと。これはクラブトラックエディションに採用されているダンパーがビルシュタインの手動減衰力調整式だからだ。コンプレッションとリバウンドの減衰力をそれぞれ10段階に独立して調整できるこのダンパーは、ダンパーオイルやオリフィス径などはスペックVと共通らしいが、積層バルブの組み合わせを変えて全体に減衰力を高めている。サスペンションに関して特筆されるのはフロントの車高がスペックVより10mm低いことで、スプリングレートはロードカーの公差の中で最もレートの高いものを選んだ程度、スタビライザーも同じという。ただ車高調整式ダンパーは車高によってスプリングのプリロードも変わる機構だろうから、一概にロードカーと大差ないと決めつけることはできない。

 実際に走り出して驚いたのは、フロントエンジンでありながらコーナーへのターンインの最中、明確なオーバーステアを示したことだ。低速コーナーへの進入時、スポーツドライビングの初心者なら直線的にブレーキングを完了するよう教えられるかもしれないが、ツーリングカーの場合、クリップ手前までブレーキングを残してフロントのスリップアングルを決めてやるのが定石。そうしたドライビングをするとステアリング上で45度も切り込みながらタイトコーナーへアプローチすると、アンダーステアらしきものを感じる瞬間はほぼ皆無で、クリップの遙か手前からパワーをかけてリア荷重を確保しながら、繊細なカウンターステアを与え続けてやらないとコントロールを失ってしまう。ノバエンジニアリングの森脇基恭氏はVDCスイッチは一般のドライバーにはRモードを推奨するということだったが、オフにした場合、クラブトラックエディションは完全にカットオフされるのが量産車との大きな違いだという(量産型のVDCはマニュアルでカットオフしておいてもブレーキを残しつつ、リアをスライド気味にコーナーへ進入した際には、VDC制御が介入する設定になっている)。その意味ではこの強いオーバーステアは、ヘビーウェット路面、適正温度に達していないタイヤ、そしてVDCオフという特殊な3要素が重なった場合にのみ現われる現象かもしれない。どんなクルマでもサーキットを走る時には電子制御デバイスを切れるだけ切ることにしている筆者には、ウェットではフロントの縮み側減衰力とリアの伸び側減衰力を高め、スタビリティを確保した方がいいと感じたが、一般ドライバーには大きな問題とはならないかもしれない。

 もっともスリック用にセッティングされたサスペンションがウェットでオーバー傾向を示すのは経験則から言っても当然のことで、ターンイン中のそれは今後のセッティング変更によって対策されるものと思うが、いかにもGT-Rらしいのは、パワーオン時のトラクションが優れることだ。もちろんウェットタイヤで無理にパワーをかければテールスライドは起こすものの、その際に要求される修正舵はわずかで、その間も無闇と緊張する必要のない、安定した軽いオーバーステアを維持するのが印象的だった。このコントロール性の高さはトランスアクスル式4WDならではのもので、スリックを履けば誰でも怖い思いをせずに500ps以上のフルパワーを満喫できるはずだ。ブレーキはウェットコンディションのペースでは当然不満はなく、この点はドライ+スリックでないとポテンシャルを発揮することはできそうにない。いつかセッティングが完了したGT-Rクラブトラックエディションを走り慣れた鈴鹿サーキットで思う存分走らせてみたいというのが、今の筆者の正直な感想である。 (終)
 

 
塚原 久(つかはら ひさし)
80年代からひたすら高性能車のテストに明け暮れた過去を持つ。2010年4月末までカーグラフィック編集長。出場したレースは数知れず、レースの合間に会社勤めをしていた武勇伝は多数。ただし成績は2006年全日本スポーツカー選手権2位が最高と、鳴かず飛ばず。N0からF1まで乗ったことのないレーシングカーはほとんどないのが唯一の自慢。