2007年10月24日。いよいよ待ちに待ったNISSAN GT-Rの発表だ。思えば6年前、カルロス・ゴーンは、2007年の東京モーターショーでGT-Rを復活させると予告した。GT-Rコンセプトは2005年にGT-Rプロトとして、徐々にその進化の過程を我々に見せてきた。多くのGT-Rファンやメディア、そしてGT-Rに関係する人々は、大きな期待を持ってこの日を待っていたに違いない。そしてゴーンの予告どおり、東京モーターショー日産ブースにおいて『NISSAN GT-R』が発表されたのである。
Text: Shunsuke Takeuchi
Photo: GTR-WORLD.net




GT-R復活は国民的行事だ!!
 前回、GT-Rが復活したのは1989年のことだった。この時も大いに盛り上がった。何しろ、R32 GT-Rは、16年ぶりに復活した上に当時としては圧倒的なパフォーマンスを持っていたのだから当然だ。デビュー後はレースでも大活躍し、ストリートの世界でも中心的な存在として今なお人気が高い。第二世代のGT-Rは、ある意味、日本のチューニング業界の技術レベルを大きく向上させた立役者でもあるのだ。そして今回の第三世代にあたるGT-R復活もおおいに盛り上がっている。既に、発表前から多くのメディアが特集やスクープ合戦を行うなど、様々な情報が飛び交った。さらに発表直前にはテレビでも取り上げるなど、まさにGT-Rの復活は老若男女を交えた国民的行事と言ってもいいだろう。ただ、1989年のあの時と一つだけ違う点がある。それはインターネットの存在だ。発表前にスクープ映像が海外で流出するなど、GT-Rの復活は世界レベルでもあの時以上に注目されているのだ。

ゲートオープン前、既に行列が!
10月24日、記念すべき発表の瞬間をレポートすべく、幕張メッセへ向かった。GT-Rの発表セレモニーは、24日の13時50分。できるだけ良い場所でレポートすべく、朝9時のゲートオープンには現地に到着したのだが、驚いたことに既に多くのメディア関係者の行列ができていた。これははたしてGT-Rのための行列なのか?そうではないことを願いつつ列に加わった。
 ゲートオープンから、10分ほどで会場内に入ることができた。何はともあれ日産ブースに向かうと、もはや多くのメディアが場所を確保しているではないか!不安は的中してしまった。とは言え、ここで気おくれしてはならない。何とか前から2列目の席を確保。ビデオカメラのスペースも確保して13時50分を待つことにした。

発表会場は、恐ろしいほどの熱気!!
 さて13時をまわる頃になると、さらに多くのメディアが押しかけ日産ブースは異様なまでの熱気に包まれた。我々は前から2列目の席を確保していたのだが、ステージ周辺には2重3重にカメラマンが詰めかけ人の背中しか見えない状態となってしまった。GT-Rが乗るであろう空のターンテーブルを見にきたVIP系の年配女性が、「GTナントカというクルマを見に来たんだけど置いてないじゃないの!?」と凄んでいたらしい。恐るべしGT-Rの魔力。そして30分前にもなると、日産ブースからは人が溢れ出すほどになり、各メディアは殺気だち身の危険すら感じるほどヒートアップしてきた。ステージ周辺ではカメラマン諸氏の場所取りで罵声が飛び交う。その罵声も日本語、英語といろいろで、まさにグローバルな戦いが繰り広げられていたのだ。

 その頃、会場の外では「私はGT-Rの発表会を見に来たんだ!何としても入れてくれ!!」と懇願する初老の紳士がいたらしいと、日産自動車のSさんが教えたくれた。あらためて、GT-Rというクルマのカリスマ性を感じさせてくれる出来事だ。

 そして7分38秒前、ステージ上のスクリーンにニュルブルクリンクサーキットでのタイムアタック映像が映し出されるとさらに凄まじい熱気に包まれたのだ。
 タイムアタック映像がゴールし、7分38秒54のラップタイムが表示されると、ステージ上に、カルロス・ゴーンが乗った『NISSAN GT-R』がつい登場。フラッシュの嵐とともに日産ブース内の熱気もさらにヒートアップしたのだった。
 
 
さて、モーターショーに行ったら是非見ていただきたいのが、新型GT-Rのカットモデルだ。これまで秘密のベールに包まれていた様々なメカニズムが明らかにされている。トランスアクスル方式のレイアウトや、トランスミッションなど技術の粋を集めたというだけあって見ごたえは充分だ。またブース2階には、スカイライングッズやNISMOグッズなども展示されている。こちらもファンにとっては必見のコーナーだろう。